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アートの名前はアイスバタフライ??

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涼しげな氷みたいなスカルプチュアです。

蝶は手描きです。

土台はクリアパウダーに細かいラメ入り

エアーのトランスペアレントとオペイクを

混ぜながら拭いてラインストーンで

飾るとこんな仕上がり。いかがでしょう?

トップコートジェルはヤングネイルズのフィニッシュジェルでツヤツヤ仕上げ。

暑い日には涼しげですごい良かったヒット作品です。

ハンドモデルのスタッフは青山店広沢です。

エアーなどは青山店田中がふいて蝶は広沢案により二人の合作だそう。

最近ペー&パー子さんのように「撮らせて」ってシャッターチャンスを逃さない自分が

います。みんな協力してくれるけど、いいんだろーか?

この後はみんな順番で書いていくことに

なっていますのでたのしみです。

夏のイベント事でも入れてほしいですよね~

★ちなみにプロケアネイルは休みなく営業してます★

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全英オープンゴルフ 優勝おめでとう

なんとなく風邪かも?と思いながら・・・

タイガーが優勝するかが気になり、

最終日ました。1ヶ月前の全米オープンでは

プロ入り初めてメジャー予選落ちして、

最愛の父親でタイガーをプロゴルファーとして

ここまで育てあげたアール・ウッズが5月に他界してから

今回初のメジャーをとれるのかは注目されていました。

でもこの優勝でまたタイガーは大きな波を乗り越えたのですね。

優勝してホールアウトしてあんなに

大粒の涙を流したタイガーは見たことない。

お父様への想いの涙はあんなに大きいのだなと思いました。

テレビ朝○で見てたら、優勝インタビュー

・・・・なく終わってしまったのは視聴者の事

わかってるのか・・・いつも謎でした。

松岡修造(テニスプレーヤー)が解説リポート

してるあたりも熱く語るのはおもしろいのだが、

元プロゴルファーではないのは不思議では

ありました。プロスポーツ選手という点では同じだけど、

感覚やコースの状況や今の気持ちの解説は

スポーツが違えば難しいと思いませんか?

びっくりです。青木 功プロの興奮が伝わる実況は

いつも楽しいんですけれどね。

最終日ホールアウト18番のラストパットまで

どんな気持ちで選手がいたか精神的な変化や

お父様への気持ち等を

選手から直接選手の言葉で知りたいのも

ギャラリーの最大の楽しみなのに

番組は終了に・・・

いそいでチャンネルをスポーツ番組に変えたら、

   やってました。

ホッとして優勝インタビューまで見て・・・

どのスポーツもここに誰もが学べる言葉があると思うんです。

私も風邪がさらに悪化するとは思いもせず。

すみません。きょうは休みました。すっごい久しぶりにです。

疲労は知らない間にたまるのですね。

調子よくなってきたので明日からは大丈夫です!

以下、タイガーの優勝インタビューです。

全英オープン最終日インタビュー

「乗り越えてきたことを思い出してつい・・・」

タイガーウッズ(アメリカ)/通算18アンダー、優勝Photo

「まず何から説明したらいいかわかりません。いまは興奮しています。18番でこみ上げてきたいろいろな感情を説明しないといけませんね。ゴルフに関してはとても難しい1週間でした。フェアウェイとグリーンはとても硬く、速く転がる状態でした。

ディマルコは今日良いゴルフをしました、彼は後ろを回る私にプレッシャーを与えました。私は忍耐強くプレーをしました。チャンスがあればバーディーを取るように、しかしボギーを叩いて彼に流れがいかないようにプレーしました。思い通りになりませんでした。私が12番をボギーにして、彼が13番でバーディを奪いました。あそこで2打(リードが)縮まってしまいました。

ただそこから私が良いプレーを14番、15番、16番でしました。17番と18番に向かうときにリードを広げることができナイスでした。18番は何が起こるかわかりません。ストレスなく最終ホールをプレーをすることができました。

(18番のホールアウト後のシーンについてですが、感情が出てしまったのは驚きましたか?)
そうですね。これまであんな風になったことはありません。いろいろ乗り越えてきた最近の出来事を考えて・・・私は自分なりに少しずつ(感情を)隠しながら乗り越えてきました。私にとっての父の思い出や(教えてもらった)ゴルフのすべて、父にもう一度(優勝シーン)を見てもらいたかったです。私はマスターズで勝てなかったことが残念で仕方ありませんでした。父が見れる最後のメジャー大会だということを知っていましたから。ですから、あの大会は本当に悔しかったです。そして今回の大会で優勝できましたが、父に見てもらえることができなくてとても残念です。

(今夜はどんなお祝いになりますか?)
このジャグ(優勝トロフィー)で乾杯します。私が好きな飲み物を入れてね。でも1杯だけじゃ足りないですねきっと。

(何を飲むのか尋ねていいですか?)
ダメです(笑)。尋ねるのはいいですが、私は答えません」

http://www.tigerwoods.com/jp/←タイガーウッズ オフィシャルホームページ

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本日のお客様のネイルアートです。かわ.゚+.(´∀`*).+゚.ぃぃ

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7月16日3連休の真ん中の日

吉祥寺店で最後にお帰り頂きましたお客様。

いつもたくさんかわいいアートをしてくださいます。

10本ですとこんなに華やかになります。

すごくキラキラするのはスワロフスキーだから

威力もあるのですが、数がすごいたくさんの

ラインストーンをつけていかれたのです。

仕上げはヤングネイルズのフィニッシュジェルです。

これでストーンもしっかりとまりますしツヤピカ★

担当は青山店から1日研修を兼ねてきていた黒崎です!

アートの数はかなりこなしているから、こんなにたくさんのストーン付けも

バランスは上手にとれているのではないでしょうか?

お客様にここにのせさせて頂きたくて写真をとらせて頂きました。

快く「いいですよっ。」のお返事。ありがとうございます。

お客様のネイルの写真は初めてかな?

あんまりに豪華だったのでのせさせて頂きました!

またのご来店お待ちしております。

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ネイルMAXの撮影です!ジェルです!

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ネイルMAX8月号の取材

前日から急に泉名が担当する事に

なりバタバタでした。

取材の内容は決めて頂いていたのでそれは良かったです!

今回はジェルとグリッター(キラキラのラメ)でポリッシュでは

出せないツヤとキラキラ★感を!何よりスピーディなのが

お客様に嬉しい。すぐにブーツでもパンプスでもOKです。

モデルは青山店の田中さん。ネイルが足も手もきれいなので

いつも取材にはひっぱりだこ。うらやましい限りです。 Sn310133_001_315_g_flex_gel

ところで編集長江戸さんはいつでも妥協がないので

思わぬ発想をスパイスで加えてくださり、

MAXは江戸さんがいるからおもしろいんだなあ。と・・・

プロケアネイルではこの技術元祖でして・・・どこんちのサロンも

やってないぞ~と!(江戸さん風)

なんとスタイリストさんも起こしくださり。

この技術アメリカのYOUNG NAILSグレッグがアメリカの

エデュケーターと一緒に考案しまして、

「とても綺麗だからやってみろ」と言い残してアメリカへ

帰ったんです。日本風にアートを加えて・・・お客様には

とにかく評判です。スタッフもほとんどがこれしてます。

だってかわいいしはやいから。「きらきらフットジェル」

でご予約くださいね。1ヶ月はつるつる。両足20分で完成!

8月23日のネイルMAXで探してくださいね。

使用したヤングネイルズのジェルやグリッター達も

撮影に参加していました。発売が楽しみです!

江戸さんから私が好きな「たらこキューピー」頂き大興奮★

記念撮影して頂きました。

工程の撮影中緊張のせいかやり直しもしてしまい。

代表の播磨と吉祥寺店長の岩崎のサポートで泉名何とか

完成させることができました。本当にありがとうございました。

最後に顔写真撮影が、なんといっても一番辛い・・・

顔がひきつってしまうしみんなに見られて・・・

モデルさんてすごいと思います。

青山店 店長 泉名 麻意子からのメッセージでした。

      今回MAXさんには泉名は二度目になります。撮影は監督の指示とおりに

することが一番大切で、そこにはお互いの意見はあるかもしれないけれど

あくまでも取材はネイルMAXという雑誌を完成させてたくさんの方がおもしろい

と思ってくださる内容にしなきゃだめだと思います。本当に江戸さんには10年近く

お世話になっています。プロケアネイルがネイル業界がここまでこれたのも

ネイルMAXさんのお陰でもあります。当初はネイル雑誌は

MAXしかなかったことを考えても功績は大きいですよね。

お体に気をつけてまたまたお会いできる日を楽しみにしています!

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nakata net cafeに行った?中田英寿選手が引退。

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nakata net cafeはワールドカップの情報を

日本で発信する拠点にするために

今年も中田英寿選手はつくったらしいよ

日本戦の日は人があふれ、朝まで営業。 

日本戦の日はは朝から整理券が配られ、

試合の時間は

臨場感あふれる大画面で試合をみられると。

日本戦のある夜すごい人があふれて大変だった

と帰り道東京メトロ入り口に向かうスタッフは言ってたけど。

その試合の国籍の外国人は優先で座れるから

そのためにはパスポート持参らしい。

天井を高くしたり店内のデザインもメニューも

中田選手が考えたときいたよ。

場所は「プロケアネイル青山店」のすぐ横。

紀伊国屋が以前あった場所の跡地にできた。

ワールドカップ開催中に全試合の情報を

日本でわかるのは「ここ」としたかったらしい。

もし日本が開催国になった時の事を考えると

今のままでは良くないと思ったのもきっかけと聞いた。

世界を旅して思いついたアイディアだそう。

日本でのサッカーの歴史は浅いから、海外で学び

日本のサッカーをどうしていくかを考えることが

多かったという。。。。。。。。。。。。。。。

チーム全体にその連帯感が

沸く為には、一人一人がメンタル面でも経験でも

他のスポーツ等もみても

サッカーの歴史を作らないと

いけないのだから、大変な責任を背負っていたのかなあ?

中田英寿選手 引退のコメント

長くって呼んでたら

10年の深さが感じられ、なんだか

みんな頑張らなくては

と思わせられる文章でした。

NAKATAは次の世代を育てる環境をつくったり

広い視野でサッカーを支えていく

のかなあ?何かのタイミングだったのかな。

何にせよ「決断実行」にいたるには「プラン計画」が

あるわけだから、それが楽しみではないですか?

なんだか他の選手との経験力の違いを

サッカーをしらない私も

感じたくらいだから、辛かったのかと思う。

オーストラリア戦の後のインタビューでは

どこにぶつけていいのかわからぬ思いで

冷静に怒っていたのが印象的だった。

海外に行くことは何かを学ぶにしても 000081677

まずは住み慣れた環境を離れ

新しい環境に慣れ

新しい人と友達になり、食生活も変わり

新しい文化になれ外国人として暮らす前提でしょ。

言葉も学び道や交通機関に慣れ・・・・・・

日本で普通であった日常を全部やり直さないと

いけない。

好きなことさえやればいいというわけではないから、

それなりに大変苦労したのではないかな?

でも、いつも冷静な表情や目つきは

他の歴史あるスポーツの選手と

精神的強さでも力でも、同じようなレベルにいる証拠だと思う。

アメリカメジャーリーグへ行く野球選手や、

アメリカPGAツアーにいくプロゴルファーにしても

活躍できる選手はたくさんになってきた。

サッカーでは日本にいる選手が悪いとかではなくて、

学ぶ段階でのいい指導者や環境が

必要なのではないかなあ???

日本ではトップで通用、世界もみていろんな事が

見えるようになれたかもしれないけど

一人でそれができても仕方ない。

日本の選手にはできていない事が他にもあると、

説明したとしても、経験で得たことは

言葉ではわからないだろうから。

でもそれがみえてしまったのだろうから、

本当に大変だったと思う。

テレビで見てそれを私なんかが感じるくらいだから!

000081675 さあ!無くなる前に「なかたねっとかふぇ」

にいってみようか。2006070404562614jijpspothum001small

・・・以下 中田英寿選手引退コメントです・・・

“人生とは旅であり、旅とは人生である”
2006.07.03

~1985年12月1日 - 2006年6月22日~

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。


この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U-15、U-17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。

サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。


プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。


ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。


サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。


けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。


これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。


今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”


               ひで 中田英寿之証

株式会社サニーサイドアップ代表取締役、次原悦子より
「中田を応援して下さる皆様へ」

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